「平成28年7月21日」-これが私の作った会社の創業日だ。登記はたまたまホームページで見かけた会計事務所に任せたが、そこから送られてきた設立関係書類などを手にした時には、「いよいよこれからだ」という思いに高揚した。これから先のことに対する責任感のようなものがじわじわと湧き、しかもこれから先の未知のことに向けての楽しみを伴うものだった。それは昔、自分の子供が生まれた時の感覚に似たものだった。
でも、巷間でよく成功談として語られるような、私自身、立派な志を持って会社を立ち上げたわけではなかった。否、どちらかと言えば、やむを得ず会社を始めたといった方が正解だ。だから、まず始めにことわっておきたいのは、この先そんな大それたことを期待して読まれると必ずがっかりさせる結果に終わるので、そういう方にはまったく不向きであるということだ。どちらかというと、肩肘張らなくても、会社の一つぐらいはできるものだということを、むしろ笑いながら感じ取ってもらえればいいと思っている。
それでも一応「社長」なんだが、「社長」なんて呼ばれることにまだ慣れていない。「ばかだなあ」と思いながらも、そう呼ばれるとつい嬉しくなってしまう。「そう、俺は社長なんだ。もうバカな上司に指図されることもないし、嫌な同僚と無理に付き合うこともない。面倒な後輩を見る必要もない。俺は自由だ」なんて単純に喜んでいたが、そんなに世の中甘くない。それは事業を始めてすぐに気付かされた。
「あなたっていつもそうなのよ」と、女房からはあきれ顔でよく言われる。今の家を買う時も、3度の転職を決めた時も、そしてその仕事を辞めた時も、いつも突然で自分で決めたことではあるが思慮が少し足りない。最後はなるようになれ、だ。女房に言わせれば「単なるバカ」ということになるのだが、そんな風に言ってしまっては身もふたもない。むしろ、女房の指摘の方がどこか間が抜けていて、呑気に見える。まあ、女房も働いていてくれるからこそ、私の家計に対する負担が減って大いに助かっているが。
とにかく、そんなに身構えることもなく、むしろあっけないくらいに会社はできた。一番悩んだのが社名だったくらいだ。悩んだというか、今から思えば最も楽しかった時だ。定款を作るのも、必要最低限のことを決めておけば、後は頼んだ会計事務所がすべて行ってくれた。もっとも、そのための費用が惜しい人には、自分でしなければならない煩雑さはあるだろうが、その時は私もまだ余裕があった。そんなわけで、「会社を作るって、よくそんなバイタリティーがありましたね」なんて言われるけど、そんな大変な思いをした記憶はまったくない。少なくとも手続き的には、いつの間にか「できちゃった」設立に近いといえる。