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私が起業を思いついたとき、真っ先に思い浮かんだのは父が元の従業員の報告に喜んだその姿だった。「会社を継ぐことはできなかったけど、僕も経営者としてやってみる」。心の中でそう父に報告をした。別に父のために起業するわけではないが、親の無念を晴らすつもりでもあった。私はいつもそうだ。気付くのが遅い。「親孝行したい時に親はなし」。図らずも父がよく皆の前でそう言っては笑わせていた。もっとも、私は苦虫をつぶしたように黙っているだけだったが、本当にその通りになってしまった。でも、「何をする?」、「何ができる?」。それが一番の根本的な問題だった。

私はこれまで、新聞記者として約20年、その後、各種コンサルタントとして約15年の経験を持つが、そのどれもが中途半端で、起業に当たって何かの役に立つようにも思えない。「どうしよう」。この年になって、何も「売り」にできるものがないということが、今さらながら情けなかった。でも「何かないだろうか」。そんな時、目に飛び込んできたのが、起業家セミナーだった。「セミナー」とは形ばかりで、実際にはFC(フランチャイズチェーン)や代理店の紹介がメインの展示会だが、とりあえずはそこに出かけることにした。

そういった場所に出かけてみるということに抵抗のある人もいるようだが、いざ行ってみると私と同じような格好の人たちで結構な賑わいだった。だが、業種は限られているという印象だった。学習塾、整体、飲食、大手コンビニチェーン、ネイルサロン、持ち帰り弁当、パソコン教室といったところか。どれも今一つピンと来なかったが、とりあえずある整体のチェーン店を覗いてみた。係の人がチェーン店の収益見込みなどを説明している。初期投資額は300万円ほどという。「そういえば、今の自分に自由になるお金はいくらぐらいだろう。300万円ぐらいならぎりぎり何とかなるかな」。

次に覗いたのも整体のチェーン店。ここでは初期投資額は500万円といわれた。それを聞いて渋っていると、対象外と思われたのか、対応が急に冷たくなった。「そんな対応ならこちらからお断りだ」。でもこうなると、先の300万円のところが安く思えてくる。そんなことを考えていると、ひと際人気を集めているブースがある。誰もが知っているITに関係する会社のブースだ。その人混みに興味がわいて覗いてみると、なるほどこれは面白そうだ。投資額は140万円ほどという。「一気に半額だ」と先ほどの整体チェーン店と比べて、断然お得感が印象に残った。

私の悪い癖は、後先考えずに一気にその気になってしまうことだ。一度ここは家に持ち帰り、よく考えてみよう。その夜、たまたま弟も家に遊びに来ていたので、女房と弟にその話をしたところ、「整体なんてまったく未知の分野に行って、本当にやっていけるの」との当然の指摘に言葉につまる私。「それよりITの方の話は面白そうじゃない?」と言われ、まさに我が意を得たりといった感じになった。自分がそれまでITの分野にも精通しているわけはないことに少し抵抗はあったものの、もう少し話を聞いてみるのもいいかもしれない。「よし、明日にでもこちらから連絡をしてみよう」。

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